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V o l :2002/009
Date:2002/7/30

◇スーパー耐久/第5戦 十勝24時間

 モータースポーツの世界に足を踏み入れて25年、この世界で揉まれる内に、様々な経験からとても多くの教訓を得てきたが、その中でも代表的なものの一つに『この世には、自分の力ではどうにも避けられないことがある。』ということがある。 この一見当たり前のようなことが僕はしばらく解からないままでいた。子供の頃から将来はレーサーを目指すくらいだから、おおよその物事において少なからず自信を持っていたのだと思うし、またそれくらいでなければ志したりもしなかっただろう。 いつしか少年は、駆けても飛んでも、そして書いてもそれなりに他を先行できることに『過信』を抱いてしまい(井の中の蛙とはよく言ったものだ)何でもできるような気になって、勘違いとは知らずこの世界に身を投じた。 以後25年間、ほとんどのことはなかなか思うに任せないことの連続ではあったが、そんなこと以上に何をやっても悪い方向に向かう時が幾度となくあった。 今シーズンのスタートも、新体制となったGTの開幕戦で、ファステストラップを記録しながら2位をゲットし、華々しいスタートを切ることになったが、それ以降は周囲に期待を抱かせながらも(スーパー耐久に至っては何度もトップを快走しながら)不運なトラブルに巻き込まれ続けてきた。 マシンのトラブルはもちろん、GT戦などは他車からの接触も毎戦のように被災し、とりわけ菅生のGTでは慎重に4位を走行している僕の真横から、スピンした他車が横っ腹に突っ込んできたりもした。 何ヶ月もこんなことが続くと、我が家の神棚には毎日ようにお供え物が奉られ、手にする『お守り』は倍増し、ご祈祷も幾度となく受け、もはやレースにスタートすることが、ある意味で怖くなって来ていた。また不運からチームに迷惑を掛けるのではないか…、と言った心理である。
 ところが、前戦の「セパン」辺りから「運気」は好転していた。酷暑のコンディションの中、まずまずのドライビングを披露することができ、タイム的にもポジション的にも十分満足できるものであった。何せレース中に僕より若い選手が次々とグロッキーになる中、4〜5台のマシンを抜いてのゴールは、長いトンネルの出口を見るような気分であった。 

 そんな中で望んだ『十勝24時間』、ここまでトラブルで落としたレースが響いてポイントランキングは4番手、今シーズンのタイトルの可能性を残す為には、ここ十勝に優勝して、シーズン最長距離のレースに与えられるボーナスポイントも獲得することは必至の状況であった。 そのためには言うまでもなく「完走」は絶対条件であるし、改造範囲が狭く市販車に最も近いこのスーパー耐久レースでの24時間は、速さより丁寧さが最も要求されるレースである。 今回もスタートドライバーを任され、この長丁場のスタートを切ることになったが、チームメンバーとは言え、『負けず嫌い』でコンストラクションされているドライバーたちの鼻息を静めるためにも、敢えてスローペースを守ることにした。 ドライバーはそれぞれ何食わぬ顔をしてはいても、他のドライバー達のタイムが気になるものであるし、自分が一番遅いのは嫌なものである。 昨年は、このレースでのマシンの好調さを活かして、24時間に許される範囲での好ペースでスタートし、燃費の良さも手伝って一時は総合トップをも快走した。 ところがそれが仇となって、僕から交代した2番手のドライバーがプレッシャーを感じてしまい、コースイン直後にクラッシュしてしまった。 24時間のレースをたった2時間で終えてしまった昨年の轍を踏まないためにも、あえてスローペースで走り、『クルマをいたわり、己を殺して完走すること』を無言のチームオーダーとして伝えるつもりだった。 このことはその後、割と理性的だったドライーバー達にも助けられ、終始守られることになったが、運の悪いことに普段全く壊れないような部分が度々壊れてしまい、その後は『パーツ早交換ゲーム』のようにメカニックだけが忙しいレースとなってしまった。  
 何とか少ない出走台数(確実に景気は影響している)に助けられ3位に滑り込んだものの、依然として今シーズンのタイトル獲得にはイエローランプが点灯したたままである。

◇GT選手権/第5戦 富士◇

 今シーズンのGT選手権300クラスは、バラエティーに富んだ車種の性能均一をコントロールする為に、車両レギュレーションには随分苦労している。 国産メーカーのマシンたちは、設計段階からレギュレーションの範囲のギリギリまで攻め込んだ高次元のレーシングカーを製作し、世界的に見ても素晴らしいマシンとなっており、またその性能も一級品であることは間違いないことである。 一方でそういった自動車メーカーからの支援を受けられない我々プライベートチームは、自らマシンを製作・開発するか、市販されているレーシングマシンを購入するしかないが、今のところ全日本GTの300クラスのルールに合致しやすいマシンは、ポルシェ社の市販する「ポルシェGT3‐R」しかないと言っていい状況である。  このGT3−Rは市販(量産)レーシングカーとしては世界最高のものではあるが、スペシャルメイクの国産メーカーのマシンからは、そのコーナリングスピードにおいて少々後れを取っていると言わざるを得ない。(何せ市販車である) そのためレギュレーション的には我々ポルシェに対してほんの少しストレートスピードが速くなるようにエンジン吸気制限が緩和されている。 他のチームからは「直線が速い・直線が速い」と言われ続けているが、その分コーナリング速度は遅い訳なのに、そのことは誰も言及しない。 元来コーナリング速度はドライバーの技量とされ続けてきたことから来る習慣であると思うが、ワールドチャンピオンのミハエル・シューマッハが乗っても、シルビアやMR‐Sよりコーナーが速い事はないだろう。 まあ、そんなことはいいとして、国内サーキットで一番ストレートが長いここ富士は、ポルシェにとって唯一活躍できる場所なのである。 予選を4番手で終え(セパンや菅生は12〜3番であった)レースを迎えた。ライバルはコーナーもストレートも速い「ビーマック」という聞きなれないマシンであるが、この速さには届かないとしても、他のマシンたちには直線スピードとコンスタントラップを活かせば何とか太刀打ちできるものとスタートされた。様々な展開を切り抜け、セーフティーカーの混乱もうまく切り抜け終盤は僕のドライブで2番手を走っていた。トップは先ほどのビーマックだが、残り2周のところで突然のスローダウン、難なくこれを交わしてこちらがトップに立つことになった。 後方も随分離れていることもあって、慎重に周回しさえすれば優勝というシチュエーションであるが、ここまで僕を悩ませ続けてきた不運からついに解き放たれる状況となった。とは言えこれまでの事を考えると、最終ラップですら『よもやあのヘリコプターが落ちてきて、僕に当たるんじゃないだろうか…』と言う不安は拭えなかった。 これでやっと今シーズンの初優勝を遂げることになった訳であるが、同時に長いトンネルをも抜けることになった、こういった『自分の力では、どうしようもない事』に陥った時は『ただ信じ続けて、ひたすら祈り、そして身を低くしてやり過ごすしかない』という事も、改めて知ることになった。 祝!優勝。シリーズランキング3位! …よしよし…。


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