

V o l :2002/016
Date:2002/11/27
◇■スーパー耐久/最終戦(第8戦) 富士4時間◇
いよいよスーパー耐久のレースも最終戦となった、今シーズン約半数のレースでトップに立つものの未だ勝利のない我々は、ここ富士の4時間レースは必勝パターンで臨んでいた。とはいっても何か特別な事をしているわけではなく、本来地道なレースを得意とする我々にとって、この4時間と言う、いつもより少し長いレース距離はプラスに働くものと考えられていた。対するライバル達はこのレースでチャンピオンを決する僅差のポイント争いを演じており、もちろん優勝したほうがチャンピオンになれる訳でもあるが、現状で一番コワイと言える競り合いの上でのリタイアを考えると、おのずと手堅いレースをせざるを得ないだろう。もし万が一にでも、チャンピオンの可能性がなくなって「怖いものなし」となった我々と、競り合いのあまり接触でもしてリタイアすることになったら大変なことである。「プーマ・ランサー」と「アイフェル・インプレッサ」このチャンピオンを懸けた2台のライバルたちは、今回「腫れ物にでも触るような」レースをせざるを得ないだろうし、リスクの多い優勝よりも、安全にライバルの一つ前でゴールすることに重きを置いているだろう。
従って、一番気楽で優位に立っているのは我々と言っていいだろうし、事実、公式練習でも好調さを見せていた。今シーズンここまで遅れを取ってきていた新型ランサーEvo-?の電子制御駆動システムであるが、フルに駆使しているプーマに対して依然我々はこのシステムを導入していない。システムの重さとトラブルを嫌ってのことだが、ここまではトラブルも少なく電子制御に優位の軍配は上がっていた。ところが、ここ富士スピードウェイは電子制御が大きくものを言う「中速コーナー」が少なく、2つの高速コーナーと4つの低速コーナーから成り立っているといってよい。タイヤがスライドしたりスピンしたりといったコーナーが少なく、それどころか低速コーナーの立ち上がりから続く長い加速区間では、システムを積まない軽量さから、スピードとしては勝っているようなのだ。 事実予選では僅差ながら「常勝プーマ」を上回ることに成功し、RSオガワにとって久しぶりのポールポジションを獲得することになった。
レースはポールポジションから、接触を避けるための慎重なスタートで3番手でオープニングを終えた。その後3周目にはプーマを、そして6周目にはインプレッサを抜き、20周もするころには10秒以上引き離して独走状態に入った。クルマはとても快調で、いつも最高のエンジンを提供してくれる「HKS」のエンジンも見事な出来栄えである。トップに立ってからというものは、とても慎重にドライブし、前方の周回遅れを交わすにも用心を重ねた。まだレースは3時間半も残っている訳だが、もう戦う相手は自分自身と、限られた改造しか許されない「N−1マシン」の耐久性だけである。「あ〜、今日のレースは長くなりそうだなあ。」と思われるほど戦う相手はいなかった。2番手はいよいよバックミラーには映らなくなり、有り過ぎる余裕に「眠気」を誘いそうな勢いだし、ほとんどマシンには無理をかけずに後続が離れていくわけだから、ドライバーの集中を保つことのほうが難しいくらいであった。そんな中で、唯一、今シーズンにこれまで襲いかかってきた不運なトラブルだけが不安であったし、それのみが僕に集中を保たせる要因だったと言っても過言ではない。 ところが予感は的中した。我々のマシンはレースが3時間以上も残る30周に差し掛かるころ、4速ギヤを失うことになった。原因についてはよく分からないが、タイヤもエンジンも進歩していることから負担が掛かったのかもしれない。いずれにしても我々は序盤から手負いになってしまったが、その後メカニックと相棒の伊藤選手の諦めない努力のおかげで、何とか完走に繋げることができたのは幸いだった。 とは言え、今シーズンはこういった残念なことの連続だった、「年が変われば、また気運も変わるさ…、」とでも考えるしかしょうがないのかもしれない、ありとあらゆることはやったのだから…。
◇GT選手権/最終戦(第8戦) 鈴鹿◇
こちらは、GTの最終戦、シーズンの序盤に運悪く乱暴者の接触を受けたりしてリタイアしたことや、終盤の大事な1戦でエンジンが壊れてしまったことなど不運な一面もあったが、対して常にポルシェ勢のトップランナーであったことや、夏の富士での優勝などが効いて、今だチャンピオンの可能性を残したままの最終戦となった。ランキングは6位、トップとの差は19点も開いているので、事実上トップ3がリタイアしてくれて、我々が優勝でもしない限りその可能性はないと言わざるを得ない状況ではある。 ただしこの通信でもたびたびお伝えしている通り、ここ鈴鹿サーキットとポルシェの相性は非常によくない、車の最後方にエンジンやミッションといった重量物を持つレイアウトは、コーナーでは時計の振り子のような運動性能が発生し、コーナリング性能がものを言う、ここ鈴鹿サーキットでは良い結果が得られないのが普通である。 ここのところは、成長著しい相棒の木下君にセッティングや予選アタックも任せ、僕はレース後半を担当する高みの見物人である。ところがここ鈴鹿は、ある程度走りこまないとタイムも出ないし、新品と中古タイヤでのタイム差も激しいところなので、中古ばかりで走っていると「乗りにくさ」ばかりが目に付いたり体に染み付いてしまったりで、ビビッたままレースを迎えることになる。そんなこともあって、セッティングから予選と乗り慣れている木下君にスタートから少し多めに走ってもらい、残りの40%の周回数を僕が走ることにした。
案の定の予選で、スタートポジションは12位、ポルシェと鈴鹿の相性を考えれば十分であるが、もはやシリーズタイトルのことは片隅にもない。 順調にスタートを切ってしばらくすると、混乱を避け6位までポジションをアップした。じつに木下君らしい堅実なレース運びで、僕への交代まであと5周ほどになったころ、マシンにガス欠症状が発生して緊急ピットインすることになった。早めに準備していたので事なきを得たが、こういったケースではヘルメットを被っているかいないかでは大きく違ってくる。おかげでタイムロスをすることなく交代することができたが、レースはちょうど折り返しの半分に差し掛かったところで、僕の走る周回数が増えてしまうことになった。20周ほどで済むはずだったのに…、ちょっと残念。 あらかじめ用意してあった本番用中古タイヤでコースインする。この頃の冷えた路面温度では、まるっきりの新品タイヤではなかなか発熱せず、コースインラップのドライビングは大変危険を伴う。一度表面を皮むきしておいたタイヤのほうが幾分それは楽で、インラップのタイム差は5秒ほど違ってくるはずである。その効果もあって、一通り全車のピットインが終わるとそのポジションは5位、ひとつポジションを上げることに成功した。 その後レースは荒れてグリップを失ったコースコンディションに足を取られるマシンが相次ぎ、我々は堅実さを保って2位をゲットすることに成功した。この結果、ドライバータイトルの方は4位までのポジションアップにとどまったものの、一方でチームタイトルの方は逆転チャンピオンを獲得することになった。 こちらGTは、浮き沈みの激しいシーズンとなったが、最後のレースでいいところを見せることができたし、何よりチームチャンピオンを引き寄せるといった大仕事に貢献できたことは大きな喜びであった。それにしてもここ鈴鹿サーキット…、僕の、そして互いに新人時代を過ごしてきた「小河 等」、そして「高橋 徹」、彼らとのホームコースである。きっと彼らは今もここに住み、僕に追い風を与えてくれているに違いない、なんといってもここ鈴鹿では、GTレース6連続表彰台なのである…。
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