

V o l :2002/011
Date:2002/9/17
◇スーパー耐久/第6戦 T&I
ドーバーでのテストを、その凄まじさに驚きながらも無事に終え、翌日からは一路、サウスカロライナの「ダーリントン・モータースピードウェイ」へと向かった。将来に備えて、できるだけレース観戦しておこうという趣でのことであるが、ドーバーでかなりビビった僕を、さらにビビらせるに十分値するサーキットであった。年間36戦中、最も難しいとされるこのコースは、トラック上もかなり老朽化していることもあるが、現在のウィンストンカップのマシンスピードには十分危険過ぎる。何でこんなとこばっかり見ることになるんだろう、僕の緒戦のドーバーも、シーズン中かなりの難所として有名らしい。知り合いのドライバーたちに挨拶しても、「何で、ドーバーから始めるんだ」とさんざん聞かれた、あのデイル・ジャレットでさえも、新聞に「ドーバーから始めるなんて信じられない…」と答えた程である。まあ、スケジュール上のことだからほかに選択肢はないし、コワイとこを避けて通ってたら残りは幾つもないだろう、まあ、ドライバーも年間数億円も稼ぐだけのことはあるわな、僕にすぐできるかどうかは別として。
雨で中止かと思われた日曜であったが、午後になって止んだ雨にスタッフは一斉にコースを乾かし始めた。ジェットエンジンを搭載した特殊車が7台、全開でジェットエンジンを路面に噴きつけ、曇り空の下、2時間ほどでドライ路面にしてしまった。空は相変わらずの曇り空であるがレースは強引にスタート。その時、いつの間にか観客席は満員の10万人の大観衆となっていた、いったいどこに隠れていたんだろう?とさえ思わせる満席の観客だが、レースがあるかどうかわからないのにはるばる遠くから来ていたんだね、ショップめぐりやどこかで雨宿りしてこの時を待っていたのだろう、この熱狂さにも唖然とした。
唖然・呆然を繰り返して、翌日月曜日のフライトで帰国、準備して頂いていた豪華な「参戦発表パーティ」に出席し、多数ご参加頂いた方々からの励ましを受けて、翌日にはT&Iに入った。 十勝24時間で残念な3位となってシリーズタイトルに赤ランプ点滅となった我々は、トップが自滅してくれる「他力本願」も計算に入れないといけない家庭事情となった、台所は火の車である。 レース設定に重きを置いた我々のレースカーは、相変わらず予選ではさほど速くはなく、今回も目立ったポジションには着けなかった。これを改善するには予選用のセッティングというのが必要になってくるが、それらをやっていると仕事量も増えるし、リスクも予算も増すということで、賞金もポイント掛かっていない予選に我々はあまり重きを置かないことにしている。
レースは久々に観戦に来てくれた家族の応援のもと、少々時差ボケの眠気まなこでスタートした。最近はライバルである(あった?)プーマランサーの電子制御駆動システムがかなり完成され、予選タイムはもちろん、本番コンスタントラップ、そしてタイヤの磨耗率まで向上してしまった。(彼らがこの開発に手間取っていた去年が懐かしい…)そんなこともあって、今はこちらが牙をむいて立ち向かったとしてもとても敵う状況ではないので、追いかけて自らもトラブルを引き起こすよりも、少々、寝ぼけ顔のマイペースで走ったほうが良いのである。 ところが、スタートを切って間もなくすると目の前にプーマランサーが見えてきた、こうなるとついつい色気が出てきて、「追いかけられるだけ追いかけてみようか?」などという気も起きてくる。敵も楽に引き離せないとなると何か無理をしてくれるかもしれないし…。などと、結局寝ぼけ顔のはずが獲物を追いかける猛獣の顔になってしまう、ここのところのハードスケジュールでクルマどころか自分が壊れてしまいそうなのに…。
結局思い切って望んだ勝負だったが、福山さんの魔法のドライビングをもってしても追い越すまでには至らず、それどころかタイヤの磨耗まで負けてしまう始末(僕はタイムの割りにタイヤ消耗は少ないほうなのだが)、電子制御駆動システム恐るべしである。その後、相棒の伊藤君の力走も虚しく2位入賞に終わった、なんとか今シーズン、1度はライバルを打ち負かしたい…、それも電子制御なしではもう無理なことなのか…。
■GT選手権/第6戦 もてぎ
T&Iのレース後、再び即座に渡米して、雨で流れたドーバーでの2日目のテストをやり直した。
タイム的には幾分の向上を見せ、予選通過にあと少しといったところまで詰めたもののまだ予断は許さない状況である。雨天予備日の一日をフィラデルフィアという街で過ごし、少しでも体を休めるべくホテルで長く休む。翌日木曜日(10/10)アメリカを発ち金曜日に成田着、今回はチームに無理を言って予選日(土曜日)からの参戦となる。
金曜日のテストでは概ね好調との事で、ポルシェと適性の良いこのコースで一稼ぎしたいところである。 ところが、明けて予選日から一転して気温が低くなり、下がってしまった路面温度にタイヤがマッチしなくなってしまい、まさかの予選15番手となってしまった。タイヤの開発がどんどん進み、高性能になればなるほどレンジが狭くなり、路面温度が10℃も変わってしまうと手の施しようがないのである。
気を取り直して、あいかわらずの低温な決勝に挑むが、スタートの木下選手のペースが上がらない。何か不調を抱えているようだということで早めのピットイン。予想外に早めに僕に交替することになったが、序盤はまずまずのペースで走れたものの、中盤以降ペースが上がらなくなってしまった。これは低い路面温度との関係で、早めの温度上昇を狙って中古タイヤでスタートしたことによるものだと思われる。 すでに8周ほど使用したタイヤを使った上に早めのピットストップだったことも加算され、周りのクルマたちよりも僕のタイヤは15周もたくさん走っていることになってしまった。終盤の時点で周りのクルマたちは25周目程度の週回数を走っているのに対し、僕のタイヤはもう40周目を走っていることになり、そのせいでタイムも上がらず、目の前の4〜6番手の3台の獲物に手が届かないまま7位フィッニシュとなった。もし、木下君に何事もトラブルが起こらず中間点まで走ることができ、ピットに1周のみの皮むきタイヤが用意されていたら、4位にはなれたレースだった。
そう考えると少々残念な結果ではあったが、シーズン序盤の最悪な状況を考えればまずまずのレースだったし、そんな状況下でも順位を上げる走りができたことは、ドライバーとして相変わらずいい状態を保てているといっていいのではないだろうか。
すでに明日、ナスカー・ウィンストンカップの僕自身の緒戦、「ドーバー」へ向けて出発することになっているが、この調子を維持してなんとしても予選突破を実現したいと思っている。
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