サイト内検索

V o l :2001/004
Date:2001/4/30

◇なんだか、当たり前の結果しか出せなかった…。◇

 スーパー耐久第2戦に向けて仙台に飛んだ。舞台となるここ仙台ハイランドは、ピットのスペースが狭いことなどもあって、今はGT選手権や国内ビッグレースなどは開催されていない。F−3(F-1から数えて3つめのフォーミュラ)のレースがここで開催される唯一の全日本選手権となってしまっている。観客席はコースやドライバーに非常に近く、さらにコースレイアウトはかなりテクニカルで、マニアにとっては結構たまらないサーキットなのであるが、いかんせんストレートが短く、最高速からくる迫力と言うものには少し欠けてしまうようだ。とは言え、やはりコースやドライバーに身近に接するサーキットという魅力から、多くのファンを集めた。いよいよこの東北にも、うららかな春の到来を告げるような陽気ではあるが、朝夕はまだまだ寒く、とても寒がりの僕は美祢に続いてまたもや持っていった服を全部着ることになった、寒い寒い。そんななか行われたウォーミングアップ・デイでは、去年のチームの予選タイムを上回ることができた。この1年間でタイヤもクルマも進歩しているので「当たり前」のことなのだが、チームも喜んでくれるし、僕自身も「プロ」の称号に恥じなかった喜びがある。メカニックの人たちにとっても、ハードな労働の中この事こそが癒しであり、自らがこのレース界の中心人物だと感じられる一瞬だろう。ところが、ベストタイムとしては周りを驚かせるものとなったが、我々はレースラップを想定した連続走行に問題を抱えることとなった。

 ここ仙台ハイランド・レースウェイは美祢サーキットやT&Iサーキットなどと同じように、路面グリップとしては高い方ではない。おまけにアップダウンが激しく、その中でも下りのコーナーはマシンのバランスを失いやすい特性を持ち、低い路面グリップと相まってタイヤの磨耗にはとても厳しいコースである。今回のレース距離は400Kmで、ドライバー交替の中間点までの200Kmを走り切るには相当な技術を要する。これについては、およそどのチームも同じ問題を抱えているようだが、グリップしない路面でタイヤはいつも「ヤスリがけ」されているようなもんだから、どのタイヤメーカーも苦労するサーキットなのだ。ちなみに、表面ゴムの厚みを増やすとライフは増すように思うが、そのゴムの動きが大きいためにハンドリングレスポンスの低下を招いたり、たくさんゴムが動くことから来る「発熱」によりゴムは変形し路面への部分当りが激しくなって編磨耗してしまうことや、「熱」イコール「磨耗」といったことから余計すり減ってしまうのである。そんなことから今回のレースは、「いかにタイヤを上手く使うか…」といったレースになった。“予選で使ったタイヤでスタートを切ること…”といったレギュレーションがあるので、予選ではタイヤの使用を最小限に留めなければならない。コースインから、1周のタイムアタックで決めてしまうことは必要最小限である。コースインすると今週最高値に達した路面温度から、ハンドリングに多少違和感を覚えた。昨日までのタイミングで切り込んでいくと、幾分フロントタイヤが滑る“アンダーステア−”の兆候を示すが、僕も一発で決めようと言う意気込みからか「気迫」に勝って余計滑らせる結果になってしまい、タイム的には目標を0.5秒下回って2番手のポジションとなった。このたった1ラップの間に走りをアレンジさせられなかったことは少々「いただけない」結果として受け止めているが、僕がミハエル・シューマッハになりきれないところがその辺にもあると言っていい。(比べる方が間違ってる?)

 レースはタイヤ表面を自分の“手のひら”に例えて、痛めつけないように痛めつけないように走る。わがチームは100周のこのレースを、一応、経験豊かとされる僕が55周以上引っ張って、相棒の伊藤君に繋ぎ、1クラスとのラップダウンも計算に入れた残り43周を伊藤君に飛ばしてもらう作戦だ。序盤、ライバルのプーマランサーがじわじわ離れていくが、ここは我慢のしどころで、飛ばさないという「鉄の掟を」「鋼鉄の掟」に置き換えて我慢する。暫くして見えなくなってしまったプーマの状況を無線で確かめる、「Lap20、依然プーマはタイムダウンなし…」「Lap30、プーマ少しタイムダウン」「Lap40、プーマタイムダウン、その差40秒」…いや、40秒差はちょっと大きいな…と感じた。予定はあと15周だが、ペースアップしてタイヤを使ってしまっても、最低でも10周すればレースの折り返し点には到達する…。折り返しに到達さえすれば、1回のピットストップで済むのは同じだ…。いろいろ考えた挙句、少しペースアップすることにした、セカンド・スティントを走る伊藤君に対し、40秒のビハインドは気の毒だと考えたからだ。せめて20秒くらいにして…、できればピットストップで10秒でも助けてもらえば我々に勝機は訪れる。そう思ってペースアップに入ることにした、敵はタイヤを使い果たし、いよいよタイムは5秒近くダウンしている。毎周4〜5秒削り取り、その差25秒ほどになったところで、敵はたまらずピットイン、まだ折り返し点に3周を残している。敵のセカンドスティントはスタートスティントより飛ばせないことは明白となった。ここで現在の状況としては、敵のリ・フレッシュタイヤに対し、僕の50Lapタイヤにハンディがあり、またも毎周1秒以上離されている。ここは予定の55周にこだわらずピットインしようということで、1周手前の54周でピットインすることになった。双方ピットインを済ませて、残りはおよそ44周、敵とその差35秒という状況はちょっと苦しいか…?必死の追走も、結果は17秒差まで詰めたところで無念のチェッカー、2位となった。レースはとても面白かった、それぞれの知恵比べの戦いでもあったが、観客にはこの辺がなかなか伝わらないのがとても残念だ。速さ追求型の、言い方によれば“力任せ”とも言えるようなGTレースやフォーミュラニッポンと違い、このレースはこういったところが面白いんだけどねえ…、そういう意味ではここのサーキットと、このカテゴリーってのは味わい深いのかもしれない。いずれにしても“さすが福山さん”を出そうと努力したんだけど、当たり前とも言えそうな結果しか残せなかった…ああ残念。
 このあとは、5/4のGT富士戦、5/6のル・マン予備予選と続き、帰国は5/10、そしてスーパー耐久鈴鹿戦が5/13となっています、結構ハードなスケジュールですが頑張ってきます。福山通信はと言えば…、…この次は月末ですかねえ…。

応援団、鈴鹿にできました。SUZUKA−HIDEO−CLUB FAX.0593−82−6177
こちらはFAXで、みんな来て下さい。5/13鈴鹿のスーパー耐久は応援団席で集まります、楽しいよ。


Copyright(c) 2004,
HideoFukuyama. All Rights Reserved.

CONTENTS

[2000]001/002/003/004/005/006/
号外/007/008/009/010/011/012/
号外/013[2001]001/002/003/004/
005/006/007/008/009/010/011/
012/013/014/015/016/017/018/
019[2002]001/002/003/004/005/
006/007/008/009/010/011/012/
013/014/015/016[2004]001/002/